「原発がなければ、こんなことにはならなかった。東京は、ぜんぜんこまってないし、お金もうけのためだけに、げんぱつをつくった。…ときどき思い出して泣くこともある。でも、つなみにながされた人たちの方がかわいそうだから泣いちゃいられないけどわたしたちもたいへんなめにあった。…福島のくらしはとってもたのしかったです。…みめいより」(ふくしま集団こども疎開裁判「世界市民法廷」に寄せられた声より) 放射能で避難を余儀なくされている人たちが講演先で「私たちに何か支援できることがあれば教えてください」と訊かれて当惑すると語っていた。「福島を支援するということが誤解/福島の地で今を支えている/それによって日本が支えられている/皆がまさに当事者なのです」(浪江町・玉川啓さん;朝日3.11社説より) 写真は3月8日から11日震災の日にかけてイオンせんげん台店内で行なった東北3県の障害者施設の生産品販売風景。くらしセンターべしみ、パタパタと千草園、世一緒がコラボでにぎやかに、そして淡々と。 |