『月刊わらじ』2021年01月号表紙

2021年01月号表紙

 この写真は1986年1月、35年前の春日部市成人式場前。「二十歳のボランティア募集」と題したキャンペーン。写真左端の樋上さん(現ケアシステムわら細工運営委員長、たそがれ世一緒管理人)が1年遅れで就学した時の春日部市の小・中学校のクラスメートたちが参加した成人式。なぜ、いまこの写真を表紙にしたかといえば、今年の正月を病院で迎えた写真右端の野島久美子さんへのエール、そして来し方をふりかえり新しい一歩を踏み出す私たちすべての現在をふりかえるため。35年前のこの日、野島さんは家出して一人暮らしを始め、まだ8ヶ月だった。2月号の編集後記にこう書いた。「恋人を作って結婚して、草加の駅にエレベーターを作って、千間台の駅にエレベーターを作って、新宿のさくらやとヨドバシカメラに文句を言って、ビラとカンパをして、そしたら死んでもいい。」野島さんの生家はカメラ店で量販店により経営が苦しく、バリアフリーの家を売り野島さんは施設入所をと追い詰められ、家出した。
 35年後の現在からふりかえると、何も制度がなかったなあと感慨深いが、介護や支援の制度が多様に整備されながら、状況をこえて共有できるものがあると感じる。当時の野島さんは隣家の主婦に雨戸を開け閉めしてもらい、民生委員に風呂介助をしてもらったが、制度ができた今もビラまきや大学の授業で出会った主婦や学生を介助者として育て、多数のローテーションで制度利用をしている。樋上さんは県立通信制高校のクラスメートが現在も介助に入り、毎年一緒に旅をするつきあいが続いている。介助を介して、地域と人が耕し続けられてきた35年間。