埼玉県東松山市の取組み 坂本祐之輔市長のお話し(抜粋)

 私が市長になって、その基本理念は、生活重視、福祉優先。そして、障害のある方も、そうでない方も共に暮らしを分かち合える社会、もし、障害をお持ちになったとしても、自分が生まれた地域、そしてまた、自分が住んでいるところで、安心して、自立をして生活を続けていくことができるノーマライゼーションのまちづくりを、すべての政策の根幹に掲げております。すべての政策です。
 県下で先駆けて、例えば、高齢者福祉でありますけれども、24時間ホームヘルプ事業の開始、あるいは365日の配食サービスですね、障害をお持ちのご夫婦だとか、高齢者の皆様方に、120、130人の方々に500人くらいのボランティアのみなさんが、配食をボランティアでやっていただいているんですが、そんな事業をおこなって、何年か前では、総合相談窓口―身体、知的、一時障害、もう何の障害でも、何のお困りでもいいですから、総合福祉エリアという、社会福祉協議会に設置した総合福祉窓口にお越しをいただければ、24時間いつ、いかなる時でも、ご相談に応じ、ヘルパーさんが伺います、ご支援をさせていただきますということを東松山市がおこなってまいりました。これは、全国で初めてだと思っております。
 そういったことで進めてきた一環というのが、(就学指導委員会の)廃止ということになったわけでございます。特に、乳幼児期におきましては、平成8年から保育園には保育士を加配をいたしておりまして、障害児を受け入れてまいりました。今では、経管栄養、あるいは二分脊椎で導尿が必要な子ども等、医療的なケアが必要な子どもも保育園に、いま看護士を配置して受け入れるまでになりました。その結果、障害児は、保育園か幼稚園に通えるようになったということで、市内の障害児通園施設は、平成16年3月に閉園になりました。
 学校教育におきましては、平成8年から、教育委員会が介助員制度を開始いたしまして、小中学校への障害児の受け入れをおこなってきました。現在、9万人の市民でありますけれども、市内の小中学校に33人の介助員を派遣しておりまして、義務教育の年齢の障害児の75%が、もうすでに地元の学校に通っております。ですから、廃止をしても、さほど影響はないだろうというふうに、私は考えていたところでございます。
 また、成人期におきましては、障害のある方も、一般の会社で働けるということのために、これを支援する施策として、平成16年に障害者就労支援センターを開設いたしました。通所授産施設の一般就労率は、年間定員の1%と言われておりますけれども、この就労支援センターZAC(ザック)という名前でお金が、ザックザク溜まるということで、ザックと付けましたけれども、この就労支援センターでは、29人の定員で、3年間に110人の障害のある方が一般就労を果たしております。おそらく、確率的には、日本で一番だろうというふうに思っております。
 障害のある方の暮らしの場におきましては、障害者グループホームが18箇所に設置をされて、90人以上の方たちが地域で生活しております。全国平均は、人口9万人当たり5箇所でございますので、約4倍の箇所となっております。特に去年の4月から開設したのは、養護学校を卒業した4人の市民の子どもたちが、卒業された後、行くところがないと、身体を動かすこともできませんので、お母さんと引きこもってしまうということの中から、市が、デイサービス、昼間通えるですね、そういう通所センターを開設いたしました。市がそういう重度の重複障害の施設を運営しているというのは、たぶん、全国にはないと思っておりますが、市としては、当然やるべきことであろう、施設では、お金が掛かりますから、重度重複障害の方が学校を出た後は、ご支援をすることができないという中で、最後は誰が見るのかということの中では、今の社会状況の中では、市が、市民のためにこそできるということで、私がおこなわせていただきました。
 それから、学校教育法施行令の問題点ということでありますけれども、そういった障害のある方たち、ノーマライゼーションを進めてきた中で、10年ほど経って、どうしても壁にぶっついてしまいました。それは、なぜかというとですね、その一番大きな、障害のある人とない人との分け隔てをしてきたのかというと、それは、おそらく指導委員会にあったんだろう、というふうに自分で結論を導き出しましてですね、その指導委員会を廃止しようということで、3年前に新聞発表したんですが、これは、教育委員会の手ごわい反対にあって、挫折をしたというかですね、私は教育委員会はいらない、というひとりではありますけれども、教育委員会が解散するということになっても、これもまたまずいだろう、ということで、少し時期をおかせていただきました。
 そして、また、そのことで今日を迎えたんですが、なぜかというとですね、お兄ちゃんお姉ちゃんが、いちばん自分の家の近いところの学校に行く、保育園や小学校に行ってですね、自分が行けない、あるいは、弟や妹が自分のまちのすぐ近所の町内にある小学校に行けるのに、なぜ自分がバスでとなりのまちに行かなきゃいけないんだ。これ逆です。元気な子どもは、となりのまちに行けばいいんです。私は、そう思います。ですから、お兄ちゃんお姉ちゃんが行った学校に自分が行くことは、あたりまえです。
 そして、また家庭の中だって、障害のある子どもが、障害があるんだったら、違う部屋で、一人で暮らせるのか、食事は一緒にしないのか、一緒に風呂に入らないのか、一緒に寝ないのか。まあ、そう考えるとですね、これは、極々普通に家庭の中では、障害のあるなしと、何がある、ないというのを僕は全く定義してないんですが、うちの職員も、障害者じゃないという人も、障害を持っています。いろんな障害を持ってですね、障害がない人なんて、私を含めてありません。まあ、障害者手帳とか制度の中の障害者を決めるとすれば、とりあえず、障害のあるなしはあると思いますが、そういう人たちが、家庭の中では一緒にいるのであれば、それが地域の学校に行くことが、ごく自然なことであって、その中でですね、私は13年間見てきましたけれども、車いすの子どもを2階に、エレベーターありません、学校には。けれども、子どもたち、みんな担いでいきます。それなんだろうと考えたときには、相手のことを思う、思いやりの心だと思うんですね。その相手のことを思う思いやりの心が溢れるまちにすればですね、道が舗装でなくても、あるいは、道が狭くても、総合体育館がない、プールがない、いろんなものがないにしても、きっと、そこの人たちは、幸せなんじゃないかということを、私は、市長に就任させていただきながら、いつもいつも考えて、そのことを市民の方々にお話をさせていただいきました。
 この振り分けの判断を委任されてきたのが、就学支援委員会ということでございますので、こういった仕組みを辞めさせていただいたということです。その中で、私いつも言うんですが、障害のあるなしというんじゃなくて、通常学級でも一人の先生に教えていただいて理解できる子と、理解できない子がいます。だったら、それもやっぱり、ノーマライゼーションの中では、教員をもう一人、市が付けてですね、その分からない子に適切な指導をする、いわゆる、ティームティーチングですけれども、それを始めています。それと少人数学級ですね、それを合わせて、市独自でスニーカープランということでやっておりますけれども、荒れている教室だとか、理解不足が多子どものところには、障害のあるなしには関係なく、そういった介助、補助員を付けています。
 そういったことで、この6月の議会に提案をさせていただき、議会の議員さんも概ねご了解をいただける方向になっておりますので、安心をいたしております。